1995年3月20日、13人の死者と数千人の負傷者が発生する大惨事となった地下鉄サリン事件。
この事件に関わっていたとされる人物の一人が村井秀夫さんでありますが、地下鉄サリン事件の約1ヶ月後にマスコミに取り囲まれている中で刺殺されてしまいました。
この事件には謎が多く、当時の事件状況について未だにテレビで取り上げられたりしています。
今回は村井秀夫がなぜ暗殺されたのか?について、真相について迫りたいと思います。
村井秀夫刺殺事件
- オウム真理教教団総本部前で、マスコミに取り囲まれ注目される中で、村井秀夫は突然現れた男に刺される。
- 刺された後、直ちに村井は東京都立広尾病院に救急車で搬送され、手術をしたものの「ユダにやられた」「私は潔白だ」と言い残す。
- その後、右脇腹に受けた深さ13cmの刺し傷が致命傷となり死亡。
- 犯人は在日韓国人の徐裕行という男であり、その場で逮捕される。
- 犯人は、右翼団体「神洲士衛館」の構成員を名乗っていたが、この団体は政治活動をほとんど行っておらず、実際には三重県伊勢市所在の山口組系暴力団羽根組の構成員だった。
- 裁判で犯人には懲役12年の判決が下されて旭川刑務所に服役、2007年に満期出所している。
「地下鉄サリン事件」から約1ヶ月後の1995年4月23日、東京都港区南青山のオウム真理教教団総本部前で、マスコミに取り囲まれ注目される中で、村井秀夫さんは突然現れた男に刺されました。
村井秀夫さんは刺された後に玄関内へ逃げたのですが出血が激しく、「息ができない」と訴えながら仰向けに倒れたそう。
当時この様子はニュースで繰り返し放映され、日本中に衝撃を与えたことでも有名です。
こちらは村井秀夫さんが男に刺される瞬間の画像です。
こちらの画像が、犯人である徐裕行容疑者です。
村井秀夫さんは刺された後、東京都立広尾病院に救急車で搬送され、手術をしたものの翌24日午前2時33分に出血性ショックによる急性循環不全のため死亡。
右脇腹に受けた深さ13cmの刺し傷が致命傷でした。
こちらは当時の新聞記事であり、見出し内容からも凄惨な事件だったことが伺えます。
村井秀夫が暗殺されたのはなぜ?
村井秀夫さんを刺殺した徐裕行容疑者は、三重県伊勢市所在の山口組系暴力団「羽根組」の構成員でした。
当時殺害動機については「義憤に駆られた」と語っていますが、その後の取り調べで「羽根組」の若頭の指示で犯行を行ったと供述を変えています。
この供述により、暴力団の若頭も共犯として逮捕されていますが、若頭は「指示」そのものを否定しており、証拠もなかったことから裁判では無罪判決となっています。
では単純に単独犯で怒りの感情による犯行だったのでしょうか?
この事件は全貌がはっきりしておらず、陰謀論や様々な説が未だに囁かれているのです。
その1つとして、囁かれているのが、「オウム真理教内部の口封じによるものではないか?」という説です。
オウム真理教内部の口封じ説
村井秀夫さんは救急搬送中に、「ユダにやられた」「私は潔白だ」と言い残していたとされています。
「ユダ」は裏切り者の象徴として使われるため、教団内の裏切り者に殺害されたのでは?と考えられています。
村井秀夫さんは毒劇物の生産や一連のオウム真理教事件の中核を担う立場だったと見られており、
その理由が2つあります。
- 村井秀夫さんがテレビ出演時にサリン製造に必要なハステロイの存在を明かしてしまった
- 村井秀夫さんが襲われた際、二人の教団信者が逃げ場を遮る動きをしている疑いがあった
①村井秀夫さんがテレビ出演時にサリン製造に必要なハステロイの存在を明かしてしまった
村井秀夫さんは、サリン製造疑惑を否定するため頻繁にテレビ出演をしていました。
1995年4月17日放送の「THEワイド」放送中に、サリン製造に必要なハステロイの存在を明かしてしまい、厳しく追及されたそう。
これを見かねたオウム真理教の教祖である麻原彰晃が会議を開き、「ポアもやむなし」と指示したとする証言があるのです。
「ポアもやむなし」とは何?
この後、わずか6日後の4月23日に村井秀夫さんは刺殺されています。
②村井秀夫さんが襲われた際、二人の教団信者が逃げ場を遮る動きをしている疑いがあった
1995年5月2日放送の「ザ・フレッシュ!」では村井秀夫刺殺事件の映像を分析する特集が流れ、二人の信者が村井秀夫さんの逃げ場を遮る動きをしていた疑いがある、と報道したとのこと。
映像では眼鏡をかけたチェックのワイシャツの信者が、腕を伸ばして村井秀夫さんの進路を遮り、警護していた信者を羽交い締めする様子が記録されていたとか。
こちらの当時の映像が無いか探してみましたが、見つかりませんでした。
まとめ
今回は村井秀夫さんがなぜ暗殺されたのかについてまとめました。
この事件の真相はについては未だに多くの謎が残っていますが、前述の通り村井秀夫さんはオウム真理教内部の口封じのために殺害されてしまった説が濃厚なのではないかと考えます。
4月17日のテレビ出演時に、サリン製造に必要なハステロイの存在を明かしてしまったわずか6日後の4月23日に刺殺されているのは、あまりにもタイミングが良すぎると思うからです。
本事件からまもなく30年を迎えます。
村井秀夫さんがなぜ殺されたのかについてはいまだに謎が多く、現在も陰謀論を含め様々な説が囁かれています。